バックナンバー 中国最新情報“大手2社PK戦 中国のタクシーアプリ!” 2014年4月号

中国最新情報 “大手2社PK戦 中国のタクシーアプリ!” 2014年4月号

 

中国の大都市ではタクシーが日本以上に身近な存在です。

特に上海では自動車の総量規制政策の煽りで車のナンバープレートが

日本円換算で100万円以上もし、「世界一高額な金属板」といわれている

現状から、地下鉄の路線が数十本まで増えた現在もタクシーを毎日

利用する人が後を絶たず、需要に対して供給が追いつかない状況です。

こちらでのタクシーは文字通り奪い合いであり、一部のオフィスやホテルを除き

列に並んで待つ例は非常に稀で、たいていは空車を見つけた瞬間に

その車めがけて全力疾走し、前の乗客が降りる前にドアの取っ手を掴み

自分の乗車を確保しなければなりません。油断すると横から他人に取られます。

二人の女性が1台のタクシーをめぐって争っている間に、後部座席の取っ手が

取れてしまったという恐ろしい現場にも遭遇しました。

取っ手の疲労試験は弊社でも実施可能ですが、老朽化前に人にもぎとられる

ケースはラボでも想定しておらず、一体どんな負荷をかけたのか気になります。

これは極端な例ではありますが、タクシーを捕まえるには数々のコツのほかに

強靭な脚力と空きそうな車を察する野生のカン、そして強い心が必要ななため

「もう嫌だ!もっと効率的で平和な解決策はないのか!?」

という声が中国各地の消費者から聞こえてずいぶんと久しいのは事実です。

そんな中、颯爽と世に登場したのがタクシーの携帯電話アプリです。

今回はこれらの中国のタクシーアプリについて、特集にてご紹介します。

 

1、主要プレーヤー「嘀嘀打車」と「快的打車」

中国のスマホ事情は昨年9月のニュースレターでも特集しましたが、アップルの

iPhoneや各社のアンドロイド搭載携帯が急速に普及した2-3年前より携帯アプリも

人々の日常生活に欠かせないものとなりました。タクシーのアプリもその一つです。

使用方法はいずれも大同小異であり、自分の現在地と行き先を登録すると、

同じアプリを使用している付近のタクシーに情報が一斉配信され、その顧客を

乗せたいタクシーが返答をすることで予約が確定する仕組みです。

タクシーは自分の希望する方角へ行く乗車者を選ぶことができますが、

予約確定は「早い者勝ち」なので常にオンラインで情報を待つ必要があり、

また一方で顧客の側も近距離や辺鄙な場所への移動は情報を発信しても

どの車からも応答がない、という

『需要と供給が一致しないと予約が成立しない』

という点で確実性にはやや欠けます。但し、タクシーにとっても顧客にとっても

その車の所属会社に縛られず同時に複数のアプリを使用することで選択肢が増えた

点は大きなメリットといえます。 また、詳細は後述しますが、アプリを通し

運賃を決済することで割引が適用され、運転手にボーナスが支給されたりなどの

金銭的なオファーも大きな特徴です。タクシー関連のアプリは2年ほど前から

続々登場し、最多時で40種前後がリリースされていましたが、現在はほとんどが

淘汰され、2大プレーヤーで市場をほぼ独占しています。

そのプレーヤーが「嘀嘀打車」と「快的打車」です。

 

表:「嘀嘀打車」と「快的打車」の簡単な比較

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比較表は下記記事をもとに弊社にて作成

http://jingyan.baidu.com/article/359911f5753a1857ff030670.html

(2014年2月27日 百度経験)

 

いずれも2年足らずで市場の40%を独占した大型プレーヤーですが、

40近くの競合を淘汰した背景には中国アプリ史上始まって以来の

大規模な全国的プロモーションがありました。

一体どのような戦略が展開されたのでしょうか。

 

2嘀嘀vs快的 焼銭戦

今月、4月の5日は中国の清明節でした。これは日本のお盆に当たる行事であり、

この日に一斉に墓参りが全国的に実施され、上海郊外の墓地も大混雑となりますが、

先祖を祭る際、中国では故人宛に“紙銭”と呼ばれる紙のお金を燃やします。

 

(写真:今年の清明節で入手した紙銭。その額一枚10億元=160億円也)

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写真からご覧いただける通り、あの世でも中国のインフレは加速する一方の

ようで、ここ数年では人民元のほかドルやユーロなどの外貨やクレジット

カードなども“紙銭”の仲間入りを果たしました。余談ですがインクが悪いのか

紙が悪いのか、燃やした煙はとても目にしみるので、常に風上を目指し

移動する羽目になり面倒です。さて、清明節では文字通り紙のお金を燃やし

ますが、本物の紙幣を燃やすかの如く大量の現金をバラ撒くプロモーションを

実施したのが、前述の2社です。

 

昨今、ユーザーを増加させるため、嘀嘀和快的の背後にひかえるテンセントと

アリババがキャッシュバック合戦を展開し、二大プレーヤーで計15億元を

文字通り“燃やし”尽くした。

http://news.china.com/domestic/945/20140321/18405614.html

(2014年3月21日 中華網)

 

15億元≒240億円という途方もない金額がたった2ヶ月間で消えたことより、

記事では“疯狂”即ち“狂気の沙汰”と形容されています。

第一部分の表に赤字で記したとおり、2つのアプリ配信元にはテンセントと

アリババという中国IT業界の二大巨頭が投資元としてバックについており、

それぞれが1億米ドルを超える巨額をこのアプリに投じています。

実際にどのようなプロモーションが行われたのか例を見て行きますと

 

1月10日 ユーザー1回の乗車ごとに10元割引(一日3回まで)

       運転手には10元のボーナスを支給(一日5回まで)

 

1月20日 ユーザーの10元割引を一日2回までに減少

 

1月21日 運転手のボーナスを15元に引き上げ(一日5回まで)

(出典は上述の記事より、以下省略)

 

・・・と、両社がボーナスの引き上げと減額の微調整を3月末までの2ヶ月間、

何度も繰り返していたことが分かります。

タクシーの一般的な消費額を考えると、これは完全に赤字です。

上海市内のタクシーは現在初乗りが14元(≒224円)ですが、一部の地域に

オフィスや飲食店が集中しているため、20元~30元前後の費用が運賃の

ボリュームゾーンになっています。ところが1月21日を例に取ると、ユーザー

へのボーナスが10元、運転手へのボーナスが15元、合計25元が還元され、

仮に運賃が30元でも利益はたった5元、20元の場合はアプリ配信元が

マイナスの5元を負担する赤字の結果となります。当然、ユーザーと運転手は

かつてないオファーに一斉に飛びつき、その結果が15億元の“焼銭”です。

 

この作戦により「嘀嘀」と「快的」の両社は短期間での膨大なユーザーの

獲得に成功しましたが、実際の目的はタクシー利用者の増加ではありません。

本当の目的は一体何だったのででしょうか?

このような身を削る作戦は今後も継続させることができるのでしょうか?

 

3焼銭戦の真の目的は?

 

タクシーアプリの“焼銭戦”の後には何が残るのか?(中略)

テンセントとアリババがタクシーのアプリにこれほど多くの資金と精力を

投入したのは、微信及び支付宝の携帯電話端末へのインストールとその宣伝の

ためである。よく多くの人がこの2種のモバイル決済システムに馴染むことにより、

彼らのO2O業務もより競争力を蓄えることができる。

http://www.yicai.com/news/2014/03/3632722.html

(2014年3月26日 第一財経)

 

第一部分の表に記したとおり、「嘀嘀」はテンセントが開発する微信と連動した

微信支付、「快的」はアリババが有する支付宝というそれぞれの決済システムを

タクシー乗車費の決済に導入しています。

アリババの支付宝はタオバオの決済にも使用されているため知名度も高く、

私自身も頻繁に利用しておりますが、公共料金の支払いからカードの返済まで

あらゆる機能が揃っており、コンビニや銀行に並ぶ機会が大幅に減りました。

これらは携帯電話番号ばかりか個人名や身分証番号とも連動しており、

こと支付宝に至ってはネットの買い物履歴ともデータが一元化されています。

個人情報の大半がビックデータとして集約されている現代、これらのデータを

利用して2社が今後何をしようとしているかは、アマゾン等海外の大手各社の

目論見とそっくり同じと予測されます。

ユーザーが増え、データも増え、残る問題は焼き尽くした15億元の回収です。

これらオンラインの決済システムはデータが一元化されているがゆえに、

個人情報保護の観点からは多大なリスクを伴います。

携帯電話を落としたがために住所、氏名、身分証番号からクレジットカード番号、

買い物の履歴から最近の行動までが全て漏洩する可能性があるのです。

モバイルの普及と共に犯罪も増加している中国では、オンライン決済に大きな

抵抗を示すユーザーも少なくなく、赤字覚悟のプロモーションによるボーナスに

便乗し、安くタクシーに乗るためだけに、今回スマホにこれらタクシーや決済の

アプリを一時的に導入したユーザーは、おそらく少数ではありません。

 

この競争を経験したユーザーに「アプリを選んだ理由は?」と聞いた場合、

おそらくかなりの確立でその回答は「キャッシュバックが多かったから」であろう。

キャッシュバック方式は長期的に継続することはできず、即ちユーザーの

忠誠度も時を経るにつれ消えてしまう。(中略)ユーザーはキャッシュバックを

受け取った後、そのアプリを携帯から削除してしまうのではないか?

その可能性は非常に高い。

(2014年3月26日 第一財経 上述の同記事より抜粋)

 

TVの特番のインタビューに対し、「嘀嘀」と「快的」いずれのトップも

“このような大掛かりなプロモーションをいつまでも続けるつもりはない”と

回答しています。最後に、トップ二人の写真にご注目下さい。

 

(写真:3月30日のTV特番に出演した「嘀嘀」と「快的」2社のトップ)

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いずれも若い男性であり、過去のアップルやマイクロソフトを彷彿とさせます。

今回、タクシーアプリのキャッシュバック合戦が話題になったのはその金額の

膨大さももちろんですが、「VCが巨額をつぎ込んだ若手社長同士の戦い」

というIT業界の縮図が鮮明に浮き出ていたこと、そして今回投資側となった

アリババとテンセントの2社がまさに投資や上場の戦いを経て生き残った

かつての新興企業であったことが話題性を増している最大の理由です。

トップ二人が背後の投資元を上手くコントロールしつつ支出を回収できるのか、

それともインターネットバブル、共同購入クーポンバブルに続く新たなバブルの

犠牲者となってしまうのか、国中の注目が今後も当分集まることになりそうです。

 

※特集記事の内容はあくまでも筆者個人の私見であり、

 弊社の社としての見解を示すものではございません。

※著作編は筆者及び筆者の所属先に属するものであり

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