バックナンバー 社員の日記 2014年10月号

◇◇◇()新入社員の日記 2014年10月号(前編)◇◇◇ 

 

ひどい風邪を引き鼻呼吸ができなくなったSでございます。

身体が弱っているときには静かな環境でのんびりするのが一番良いのですが

これだけ人口が密集している上海、かつ全体的に会話の音量も大き目な

この国で「静」を求めるのは至難のワザ、そんな時にお勧めなのがクラシックの

コンサートです。上海フィルが所有するコンサートホールが今年新たに移転

オープンしたばかりで、日本人が設計した斬新なデザインが評判、今回ようやく

立ち寄る機会に恵まれました。その日はリヒャルト・シュトラウスの

“ツァラトゥストラはかく語りき”(“2001年宇宙の旅”冒頭のあの曲)や

“ばらの騎士”などを中心に三曲がセレクトされており、前から楽しみにして

いたのですが、400人収容のホールに入った瞬間から違和感に苛まれどうも

落ち着きません。コンサートの開始まで会話はできますが、同行者とは少し

離れた席におり、なおかつ携帯電話のシグナルは全て開15分ほど前から

ブロックされるため、メールで違和感を誰かと共有することもできません。

その違和感とは何か。それではここで、ホールの写真をご覧下さい。

 

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(写真:コンサートホール。何か非常に身近なものを

    ほうふつとさせないでしょうか。)

 

一人でもやもやしていたところ、後席のご夫婦の上海語の会話が耳を直撃。

「なんか蒸篭(せいろ)の中にいるみたいだなぁ」

『蟹もこんな気持ちなのかしらね』

違和感を100%代弁してくれた的確なコメントに、そして思わず振り返って

握手を求めなかった私のぎりぎりの良識に大きな拍手を送りたいと思います。

外国人の視点で日用品を眺めると身近なアートを再発掘することができますが、

アジア人にあまりにもアジア的なアプローチをするとそれはやはり

アートではなく日用品になってしまい、そのさじ加減が非常に困難で

あることを再認識しました。

さて、やっぱり芸術とは縁のない私は今月も鼻にティッシュを詰めつつ

最新のニュースをお届けします!

 

10月某日  かつてないほどざっくりした上海蟹クッキングレシピ

 

前号でお約束の通り、今月の日記は上海蟹の特集でございます。

日本では目が飛び出るような価格の上海蟹ですが、現代の上海の家庭に

とって蟹は市場やスーパーで買う「ちょっとした季節のごちそう」です。

価格も一匹あたり数百円程度から入手できます(ブランド蟹は除く)。

そこで、今回はやや趣向を変えて上海蟹をご自宅で蒸す方法をご紹介

したいと思います。お料理が苦手な方でも大丈夫。

とっても簡単、洗って蒸すだけです。

 

@@@上海名物 大闸蟹(ダーヂャーシエ)@@@

 

材料:蟹:食べたいだけ 酢(甘酢):好きなだけ

生姜:適当  砂糖(ザラメ):適当

その他: 上海人の助手(いれば。男性尚可)

 

我ながら分量がだいぶいい加減ですが、上海蟹はどう蒸しても幸せに

おいしくいただけますのでご心配は無用です。また、上海の家庭のシェフは

伝統的にほぼ男性であり、「ご飯はお父さんが作る」というおうちが今でも

大半を占めますので助手も男性にお願いするのがいいでしょう。

ここからは写真付きでご覧下さい。

 

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手順1:右上

蟹は通常、藁や縄で縛られた状態で売られています。理由は後述します。

蟹の良し悪しは正直、素人にはよく分かりません。

「お腹が雪のように白いものがいい」「甲羅が青みがかっているのがいい」

など人により意見が分かれ面倒なので、買い物の段階から助手に全権委任

してしまうのが確実です。

まずは蟹を洗面器やシンクなどでしばらく水に漬けます。

 

手順2:右下

そのまま蒸す人もいますが、縄や蟹に泥がこびりついていることがあるため

私は必ず一度縄をほどくようにしています。面倒なので助手がいる場合は

任せます。この時点で動き出さない死んでいる蟹は食あたりの原因になります

ので残念ですが食べずに処分してください。今回は一匹死んでいたので

後で助手を詰問します。

 

手順3:左上

蟹を洗います。上海蟹は大変凶暴な肉食の蟹で、縛られているのはこのためです。

この写真も一見、仲良く寄り添っているように見える二匹ですが、実は壮絶な

縄張り争いの真っ最中、縄を解いた瞬間から臨戦態勢に入り、隙あらば脱走します。

キッチンを猛スピードで逃げ回るので絶対にシンクから逃さないように

してください。手袋のようなふさふさした毛をはさみにつけている方がオスで、

これが上海蟹が英語で「hairly crab」と呼ばれる所以です。

このはさみで挟まれるとケガをしますので、取り扱いには充分にご注意ください。

歯ブラシなどで殻をこすると汚れが落ちますが、これも面倒なので

助手がいる場合は助手に任せましょう。

 

手順4:左下

いよいよ蒸します。ここでもう一度蟹を縛れればよいのですが、私にそんな

スキルはなく、上海人も若い世代はほぼお手上げです。今回は肝心な時に

限って助手がTVに気を取られ仕事を放棄したので仕方なく自分で蒸篭に

入れました。強火で一気に20分ほど蒸します。

蒸篭は竹製ではなく匂いが付かない金属製のものがお勧めです。

余った生姜を適当に放り込んでおくと生臭さが取れますが、

なければないでかまいません。

 

結局全部助手が作ったんじゃないか、というご質問が予想されるので

先にお答えします。大厨=スーシェフたるもの自ら細かい作業に

忙殺されてはなりません。広い視野で監督役に徹してこその管理者です。

次のステップでは蒸しあがった蟹がお目見えします。

詳細は後半、ニュースレターの最後へ!

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◇◇◇()新入社員の日記 2014年10月号(後編)◇◇◇ 

 

皆様、そろそろお気づきかと思いますが蟹クッキングの助手は友人知人

ではなく他でもない私の義父(上海人)です。本来は夫(同じく上海人)に

任せるべきなのですが彼は人生の半分を英語圏ですごしたため中国文化は

おろかも箸もおぼつかない情けない状態なので中華料理の助手には使えず、

自称「蟹マスター」の義父の出番と相成ります。

彼は『温厚・堅実・家事万能』という絵に描いたような典型的上海男性ですが、

私がそもそも言葉も文化も異にする外国人という概念が完全に抜け落ちて

しまっているらしく、

「君が車の免許を取ったら旅行とか便利になるね!

 教習所の知り合いを紹介するよ!」

などと無理難題をふっかけてきます。その前におたくの息子は一体

いつになったら日本語を勉強し始めるんですかと聞きたいところですが、

波風を立てても何もいいことはありませんので

「車を買う予定もないのに免許を取るような妙な先行投資はしません」

とやんわり言い返す程度にしております。念のため日本語訳をつけますと

『じゃ、お義父さん車買ってよ』です。

押しに負けて結局免許を取った経緯は過去にご紹介の通りです。

我ながら出来た嫁です。所謂空気を読めない人なので何を言っても義父は

全く気にせず、嫁舅間の関係は良好です。関係良好にもかかわらず同居は

していないあたりから私の内心は色々とお察し下さい。

さぁ、気を取り直してクッキングに戻りましょう。

蟹は一体どうなったのでしょうか。 

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強火で蒸すこと20分、いよいよ上海名物大闸蟹(ダーヂャーシエ)の

お目見えです。

 

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(写真:蒸しあがった蟹 手前は生姜を入れた甘酢、その奥は生姜茶です)

 

蟹は中国医学で言うところの「冷たい=体を冷やす」食べ物に分類されます。

したがってビールのような余計に体を冷やす飲み物との組み合わせは厳禁、

体を温める黄酒(紹興酒)や生姜入りのお茶などをお勧めします。

私は毎回紅茶に生姜と砂糖を入れたものを準備します。砂糖も本来身体を

冷やしてしまうのですが、中国甘党の先鋒・上海人代表の約二名から

非難が殺到するのでそこはまぁ目を瞑ります。

うち一名は過去、高血圧が原因で病院に運ばれていたような気がしなくも

ないのですが、本人たっての希望であり、なおかつ息子(夫)が

「あそこまで言うなら仕方ない」と同意しているのでは砂糖追加も

やむをえません。万一を考慮し、目の前に角砂糖を置くだけにして、

あくまでも「セルフサービスでした」「一応、止めはしたんです」という

言い訳も準備できるようにはしております。

どんな行動にもExit Planを用意することが海外で生き延びる秘訣でございます。

ところで、上海蟹はその大きさからもお分かりいただけるように肉を

楽しむ蟹ではなく、主に味噌を食べるための蟹であり、小さい手足の身を

ほぐすのが非常に困難です。足を外す、甲羅を開ける、肺を取り除いて

二つに折る、など複雑なプロセスが要求されるものの、慣れてしまえば簡単で、

渡り蟹など他の蟹にも応用ができます。

私もいい加減毎年食べているのでそこそこのスピードで食べますが、

やはり年季の入った上海人にはかないません。中国の食卓のマナーでは

一度口に入れた殻を吐き出すことがタブーではないので、ばりばりと

殻を噛み砕きなからものすごい速さで蟹を平らげます。

地元の人が集まるレストランや知人宅の会食などにお邪魔すると

“上海蟹暦うん十年”のプロが群れをなしており、この境地に至ると

『口の右側から蟹を殻ごと食べ、左側から殻だけが吐き出され、なおかつ

その間ひっきりなしに喋る』という離れワザ、私が密かに『蟹拳』と呼ぶ

最終奥義の免許皆伝となります。精密な機械のように殻だけが口から出て

くる様子はまさに拳法、このワザはシャコやエビなどその他の甲殻類にも

応用されます。私の義父は話に夢中でスピードが出ないので

不肖・蟹拳ジャッジとしてはマイナス10点を付けざるを得ませんが、

さすがに身だけはきれいに食べ、10年前の私と今の私を比較して

「おお、大分上手くなったけど、まだまだだねぇ」などと蟹拳習得情況

について不要な評価を下してくれます。彼が楽しそうで何よりです。

別段、腹を立てることでもありませんので

「向き不向きってありますよね」とだけ言い返します。

翻訳は『じゃ、お義父さん剥いてよ』です。

天高く蟹肥える秋、これからがシーズン真っ盛り、

皆様も是非上海蟹を楽しんでください。

 

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