バックナンバー 中国最新情報“中国の新エネルギー自動車事情!” 2014年5月号
中国最新情報 “中国の新エネルギー自動車事情!” 2014年5月号
TV、新聞、雑誌やネットを問わずここ数ヶ月、ありとあらゆる各種メディアで
呪文のように唱えられ続けている言葉があります。「テスラ」です。
テスラとはいわずと知れた、一斉を風靡している電気自動車メーカーの名ですが
かつて中国でも省エネや環境保護の観点から話題には上っていたものの、
新エネルギー自動車がここまで注目を浴びた例は前代未聞です。
TV番組から学生の就職面接までありとあらゆる場面でテスラの名が連呼される
ため昨今ではひとまずテスラの名さえ出しておけば時事問題に関心ある姿勢を
アピールできるとする風潮まで生まれておりますが、新エネルギー自動車、
中でも電気自動車は外資・国産を問わず各社がすでに色々なモデルを投入しており、
その中で何故テスラだけが中国でこんなに人気を博しているのかは疑問が残ります。
今回の特集では一般消費者の素朴な反応やTV番組の紹介を通し、
テスラの人気の秘密と電気自動車普及のボトルネックを探って行きたいと思います。
1、何故、テスラは人気なのか?
中国のサーチエンジン「百度」には「百度知道」というページがあります。
日本の「Yahoo知恵袋」や「教えてgoo」などに該当するページであり、匿名で
質問を掲載すると同じく匿名で回答が記載され、ベストアンサーが選ばれます。
データソースとしては信憑性に欠け、明らかにいい加減に書かれた回答も多いので
記事を書くときの参考にすることはまずないのですが、今回の特集を書くにあたり
色々なメディアの調査を実施した結果、これを超える表現はありませんでした。
簡潔で明快、匿名ならではの消費者の生の声が伝わってきます。
Q:テスラはどうしてこんなに人気があるの?
A: 1、スゴい人が作った車だから
2、宣伝が効果的だから
3、商品コンセプトがおもしろいから
(2014年3月14日 百度知道の公開質問より)
「スゴい人」とはテスラのCEOであるイーロン・マスク氏のことです。
後にPayPalとなるX.com社を設立し、その後ロケット製造開発
メーカーを設立、さらにその後テスラへという異色の経歴はすでに皆様ご周知の
通りです。宇宙開発やバッテリーなどの各分野の第一人者で脇を固め
「自動車業界でありながら自動車開発経験を問わない」
人材採用でも注目を集めています。
(写真:5月4日、財経チャンネルの番組に出演したマスク氏。
映画“アイアン・マン”のモデルのイメージが強く、気を抜くとうっかり
“スターク氏”と呼びそうになります)
宣伝効果についても「ディーラーを置かない」「ネット販売のみ」のみ、
そして「レーシングカーのスペックとデザイン」という時点で既に話題性は
満点です。一方、コンセプト成功のカギは電気自動車に「高級車」の概念を
持ち込んだことでしょう。
従来の電気自動車は丸みを帯びたかわいらしいデザインで小型のものが主流
であり、混雑する都市部での使用や近距離移動には適していましたが、
「電気自動車に乗って高速道路をドライブしよう」とか
「高級レストランに乗り付けよう」あるいは
「買ったばかりの新車を他人に自慢しよう」という発想をする人はほとんど
おらず、実用一辺倒というイメージがどうしてもぬぐえませんでした。
しかも走行距離は平均100kmほどであり、広大な中国での使用には適しません。
上海と蘇州の近距離往復でも、場合によっては残電量を気にしなければなりません。
しかし、流線型のデザインで500km走れるテスラであれば上述の使い方も可能です。
(テスラが採用した電池の技術は)最新の技術ではないが、家庭用乗用車において
これらの技術を総合・一体化させたのはテスラが初である。この発想の転換が
電動自動車の根本的な問題“走行距離不安障害”を解決した。
http://finance.people.com.cn/n/2014/0424/c1004-24935344.html
(2014年4月24日 人民日報)
下火になったとはいえ、中国の富裕層はまだまだありあまる資産を抱えて
いますが、高級車の市場はそろそろ飽和状態です。ベントレー、ロールスロイス、
フェラーリ等、10年前こそ目を引くものがありましたが、2014年現在、街中では
これらの高級車がそこら中を走り回っており、もはや何の目新しさもありません。
テスラであれば注目度、話題性、デザイン、用途、価格すべて合格です。
ところが、これだけの条件が揃っていながらいまだ路上ではテスラを見かけません。
「ネットで何十万元もする車を買うなんて、やっぱり非現実的ではないのか」と
とある裕福な上海の知人に話したところ
「自動車くらいなら試乗しないで買ってもいい」
との回答があり、私の庶民的思考は真っ向から否定されました。
働くモチベーションがなくなってしまうので、深く考えるのはやめておきますが、
テスラ普及の問題はどうやらその販売方法ではなさそうです。
一体何なのでしょうか。
2、電気自動車普及のボトルネック
2014年4月26日、財経チャンネルで放送された番組「頭脳風暴」のテーマが
新エネルギー自動車であり、業界第一人者たちをゲストに招いてパネル
ディスカッションが行われ、同時に来場者にもアンケートが実施されていました。
『新エネルギー自動車の購入にあたっての懸念は何ですか?』
(グラフは番組の回答に基づき弊社にて作製)
アンケートの結果で圧倒的多数を占めた回答から分かるとおり
「充電が面倒、充電設備がない」が電気自動車を含む中国市場における
最大のボトルネックとなっています。
問題に対する取り組みや考え方も各メーカーでバラバラです。
例として、BYD社とテスラそれぞれのアプローチをご紹介します。
BYDの新エネルギー自動車は大衆市場をターゲットにしたものであり、
ハイエンド市場をターゲットにしたテスラとはその位置づけが異なる。
この違いが両社の充電問題に対する考え方と全体的な商品プロモーションの
ロジックの差を生み出している。新エネルギー自動車市場の雛形がまだ成形
されていない現在、販売市場の開拓か、それとも基礎インフラの整備かの
選択は『ニワトリが先かタマゴが先か』の問題である。
http://auto.163.com/14/0528/08/9TAMPDF100084IJQ.html
(2014年5月28日 網易汽車)
ニワトリとタマゴの問題については、進化論の観点から「タマゴが先」と
既に一応の決着を見たとの噂ですが、中国の電気自動車業界における
「ある程度市場に普及させてから充電設備を増やしていくか」それとも
「先に充電設備を増やしてから市場で売り出すか」の選択は決着が
付いていません。前者を選んだのは低価格モデルが中心のBYDであり、
まずは公共交通機関としてある程度電気自動車が普及するのを待つ作戦です。
一方、後者の戦略を取っているテスラは既に米国で81の充電スタンドを
設置しており、2015年末までに258箇所までこれを拡大、ほぼ米国全土を
カバーする計画を立てているそうです。
同じ問題に対し二種のアプローチがあることが分かりましたが、
充電インフラへの取り組みにつき、考慮すべき点は本当にこれだけでしょうか?
そして充電問題だけでなく、新エネルギー自動車普及のボトルネックには
他にも目をむけるべき要素が隠されてはいないでしょうか?
3、充電インフラだけの問題なのか?
第二部分で番組のゲストであり昨今急速に中国全土で店舗網を拡大
している新興レンタカーチェーン「一嗨租車」のCEOが充電インフラの
問題に対してコメントを発表していました。一嗨租車は個人的に利用した
ことがありますが、最近店頭にもポスターを掲げ、店舗に充電設備を設置し
国産電気自動車のレンタルにも大変力を入れています。
“インフラ即ち充電設備の問題が中国における新エネルギー自動車のボトル
ネックであり、消費者の購入を妨げる一番の原因になっている。地方の政府が
充電設備の設置を検討する際に問題となるのは異なるメーカー・ブランドで
それぞれの電動自動車のプラグ・電圧・電流が全て違う点である。
一箇所の充電スタンドに4-5種類の充電設備を設置するのは面倒である”
(4月26日 「頭脳風暴」 一嗨租車董事長CEO 章瑞平氏)
中国でのインフラ整備はいかなる設備でも政府の主導或いは協力が不可欠です。
従って前述のテスラ方式で自社の戦略や判断のみで充電スタンドを多数設置
することは事実上不可能もしくは非常に困難だと思われます。
一方、BYD方式で政府主導の下、公共インフラの電気自動車の数が増えてから
その設備を利用しようとしても、前述のようにメーカーや車種により要求が異なり、
自社製品にふさわしい形の充電スタンドが増設されるとは限りません。
番組ではこの問題につき「国家標準を設けなければならない」「標準の確率は
必須である」とゲストが満場一致で回答していましたが、その標準がいつ出るのか、
誰が決めるのか、決めた後施行されるのはいつなのか、いずれにせよ短期間での
整備が難しいのは予想に難くありません。
そして、充電インフラのほか、もう一つ普及を遅らせる要因となっているのが
政策に基づく「細則」の整備の遅れです。
中国では『省エネ及び新エネルギー自動車産業発展計画』という政策が
2012年に国務院より発表されています。
本文へのリンク
http://www.gov.cn/zwgk/2012-07/09/content_2179032.htm
(2012年6月28日 国務院ホームページ)
ここでは2012年から2020年までの8年間の発展計画が決められており
主な目標の一つとして2015年までにこれら自動車の累計生産販売台数を
まず50万台にまで押し上げ、2020年には500万台を目指す、5年間という
短期間での10倍計画が発表されています。
しかしながら具体的な細則の発表が遅れていたり、過去にはより短期間の目標が
発表され、期限を迎えてしばらく経った後再度類似の目標が掲げられるなど、
メーカー各社が戦略決定に踏み切る要素が欠けていたと指摘されています。
上述の番組では、上海汽車集団 新エネルギー事業部総経理がこの点について
コメントを発表していました。
過去にも何度か新エネルギー自動車普及の計画は発表されてきたが、いずれも
数年間という断続的なものである。現在も『省エネ及び新エネルギー自動車産業
発展計画』という中長期の計画は発表されているものの、細則が定まっていない。
政策には一定の継続性が必要である。
(4月26日 「頭脳風暴」 上海汽車集団 新エネルギー事業部総経理 干頻氏 )
上記の干氏は2015年までに50万台の普及目標に対し、現状を鑑みるとおそらく
実際は20万台程度にとどまるであろうと番組でコメントしていました。
中国における新エネルギー自動車の普及には今しばらくの時間を要するでしょう。
政策やインフラからのアプローチ、富裕層をターゲットにしたハイエンドからの
アプローチの詳細を主に見てまいりましたが、一番のボリュームゾーンと
なり得るローエンド、低価格モデルからのアプローチについて、一嗨租車と
上海汽車では両社提携の準備をすすめており、街中に多くの電気自動車の
レンタル・返却拠点を設けて一日30-40元という安価なレンタル事業を展開
できないか検討しているそうです。
この価格が実現した場合は前月の特集でご紹介した上海のタクシー相場より
割安となり、文字通り「足代わり」に使える電気自動車が普及することになります。
(4月26日 「頭脳風暴」 右が上海汽車集団 干頻氏、
左は一嗨租車董事長CEO 章瑞平氏)
好景気に沸いた中国では都市部における自動車はほぼブランド、ステータス、
贅沢品として捕らえられてきましたが、自動車を本来の「移動手段」として
見直すと、そこに新しいビジネスが浮かび上がってきます。
結婚相手の条件に「自家用車所有」が挙げられる上海では引き続き高級路線が
歓迎されると思いますが、所有ではなくレンタルであれば利便性重視、
見栄えを気にする必要もなく、新たな市場の開拓が期待されています。
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