バックナンバー 中国最新情報 “政府腐敗粛清運動シリーズ2 標的になったEMBA!” 2014年10月号

中国最新情報 政府腐敗粛清運動シリーズ2 標的になったEMBA 

2014年10月号

 

今まで何回かに渡ってお届けしてまいりました中国政府による腐敗粛清運動、

中国語で言う「反腐」ですが、その勢いは留まることなく影響は広がる一方です。

飲食店、贅沢品のみならず秋の風物詩であった月餅までがその対象になった

経緯と関連の問題については昨月ご紹介の通りですが、実は同時期にもう一つ

業界の注目を集めた規制が発表されておりました。それが政府幹部の高額な

研修参加の禁止であり、中でも「EMBA」が重点監視対象となっています。

しかし何故、ビジネススクールの教育課程が汚職に直結するのでしょうか?

今回はこの問題について関連のニュースと考察をご紹介したいと思います。

 

  • 賄賂として機能する学位

 

上述の政府幹部の高額研修参加を禁止する通知は今年の7月31日に中央政府の

教育部より発表されたものであり、こちからから本文をご覧いただけます。

(リンク先は安徽省合肥政府機関のものですが、中国全土に同じ通知が

出されています)

 

『リーダー・幹部による社会化研修への参加についての厳格な規範化に関する通知』

http://www.hfst.gov.cn/n7216006/n18905487/n18910062/n18913983/35239607.html

(2014年8月26日 合肥市経済情報化委員会)

 

通知にはEMBAの文字は出てきませんが、これを受けて各大学のEMBA

コースの政府高官の“自主退学”が相次ぎ、この傾向はニュースとして

大きく報道されました。

 

習近平政府の反腐運動の絶え間ない拡大により、中国の公務員が

ビジネススクールの奨学金を受けることが禁止とされた。

現在、公務員が相次いでEMBAを退学する事例が発生している。

(中略)中欧国際工商学院(Ceibs)の名誉院長劉吉氏は「この政策により

三分の一の学生(共産党職員と国営企業幹部を含む)がEMBAを

自主退学する可能性があり、中国経済の利益と市場の自由化を妨げる

恐れがある」と警告している。

http://www.ftchinese.com/story/001058093?full=y

(2014年9月6日 ファイナンシャルタイムズ中国版)

 

皆様ご周知のように、EMBAとはMBAの前に“Executive”を付けたコース

であり、所謂高官・幹部を対象としたコースになっています。学歴・

ステータスとしても十分に通用するためその学費も高額であり、中国では

学校を問わず平均して60万元(約10万米ドル)が相場となっています。

高いとはいうものの、学費そのものは欧米のEMBAコースと比較しても

法外に高いということはなく、概ね世界標準と言えます。

では何故、標準価格の学費が反腐で名指しを受けるほどの問題となっているのか?

それは学費の出所と使われ方に問題があるからです。

実は、EMBAに参加している政府高官のほとんどが自費での参加ではありません。

上述の記事にあるように、EMBAを開講している学校にはたいてい

“奨学金”の制度があり、この奨学金の大半が政府の高官や著名な企業家

などの学費に当てられています。この場合、本人の希望に基づくという

よりは学校側から候補者にアプローチをかけ、学費の負担と引き換えに

クラスに入ってもらうようで、これにより学校側は

「あの著名企業家と同じクラスで参加!」「政府高官との交流!」

などを売りに学費を満額払う一般の生徒を多数集めることができます。

また、言うまでもなく中国は日本以上に学歴社会です。そもそも科挙の

発祥から考え中国こそがアジアの学歴社会を形成した源ともいえますので、

より高い学位への要求は非常に強く、学位が賄賂として機能します。

民間の企業が費用を負担し、管轄の政府の高官にEMBAコースを

“プレゼントする”という情況が昨年までは普遍的に行われていました。

また、そのほか国営企業ではEMBA履修が“福利厚生”となっているケースも

非常に多く見受けられました。私の周りでも国営企業勤務の知人が

一時期ずいぶんとEMBAを履修していましたが、よく話を聞くと

本当に優秀な職員を抜擢するための費用というよりはどちらかというと

「経費が余っているから使わなければ損」

「より優秀な新卒を確保するための撒き餌」

「コネで入った幹部候補生に箔をつけるため」

といった目的が主だったようです。客寄せパンダとしての政府高官や

著名人の無料履修、賄賂代わりの履修、福利厚生としての履修、と

他人の費用での履修ケースが乱発しているのはEMBAだけではなく、

それこそMBAやその他ビジネススクールのいかなるコースにも

共通する特徴です。周囲には当然、それら人物とのコネクションを

目当てに参加してくる生徒が集まりますが、これは何も中国に限った

ことではなく、世界中どのビジネススクールでも参加の真の目的は

授業内容ではなく、世界中から集まる人材との “人脈作り”です。

それでは何故、中国のEMBAだけ問題が深刻化してしまったのでしょうか?

 

  • 生徒の質の問題

 

人脈作り目的の履修が悪ではなく、むしろビジネスの発展につながる

ことから学校や社会からも奨励されるべきことであるのは全世界に

共通した認識です。中国EMBAクラスが抱えている本当の問題は、

その人脈の質です。

長くなりますが、ある記事の翻訳を下記にご紹介します。

 

2012年《長江商報》の報道によると、高額な学費は一般の生徒に対してのみ

適用されるものであり、一線で活躍する芸能人が長江商学院のコースを履修する

場合は無料、或いは形式的に手数料だけを徴収している。政府職員と芸能人の

(客寄せ)効果は同様である。(中略、以下、インタビューしたとある

生徒のコメント)『80%の生徒は不純な目的で参加しているといえる。

結婚相手を探しに来る生徒、投資家を探しに来る生徒など、本当に

企業管理を学びたいという生徒は日に日に減少している。ビジネス

スクールは金銭と引き換えに人脈を買う場であり、社会のエリートと

知り合うプラットフォームを提供しているが誰でも入学できるわけではない。

最前線で活躍する芸能人はともかく、ここ数年来、ハードルは年々

高くなっており、売れない芸能人が入学するにはある程度自分の蓄えが

必要になる』また、女優の陳佳氏によると『ビジネススクールは女優が

裕福な結婚相手を見つけるための最良の方法』。『学校はお見合い

博覧会と化しており、学校側も他にはない人脈を確保している。

政府職員、芸能人に企業家。金・権力・恋愛の三つの資源が円滑に

取引されている社会において、何が起こっているかは想像に難くない』 

(2014年9月26日 MBA中国網訊)

http://www.mbachina.com/html/view/201409/80850.html

 

このようなツテで入学した政府高官、芸能人や著名な企業家に正規の

カリキュラムや入学査定条件が適用されるとは考えがたく、ましてや

「卒論が不合格のため卒業は認めない」などと厳密な評価がなされることは

まずないでしょう。事実、籍だけ置いて授業にはほとんど出席せず、

学位だけもらうというパターンも多数あったようです。

また、EMBA等ビジネススクールの授業にはグループワークが多く組み

込まれますが「お見合い目的」「会社に言われて来た」

「学校に誘われてタダだから来た」などという人と真剣に学習したくて

入学した人が同じグループでディスカッションをしても何か得るものは

あるでしょうか。ましてや60万元の大金を払う価値は?

このような理由から、本当にやる気のある人、優秀な学生は全て海外のビジネス

スクールに流れてしまい、生徒の質自体が低下するケースが増加していました。

今回の通知により反腐の名の下に生徒数が激減することで、

今後はEMBAコースの存続自体が危うくなっています。

 

EMBAのネットワークにおいて、個別の腐敗事例は確かに見つかる

かもしれない。しかし、一つのケースだけで全てを悪と決め付けることは

絶対にできない。過去数ヶ月において、反腐運動の強化につれてすでに

数十名の中国政府の職員が離職に追い込まれているが、これらの職員の中で

EMBAを履修した人はほぼいない。しかしほとんどが中央共産党学校出身である。

まさか中央共産党学校まで閉校に追い込むつもりなのか?

(中欧国際工商学院名誉院長 劉吉氏)

(2014年9月6日 上述のファイナンシャルタイムズ中国版より)

 

海外への人材流出が止まらない中国において、いかに学習意欲のある

優秀な生徒・人材をひきつけるかはあらゆる業界における大きな課題です。

世界でも有数な学歴社会として、現代中国では学位の本当の意義と

学校の利益と教育の質のバランスの根本的な見直しが期待されています。

 

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