バックナンバー 中国最新情報 “中国飲食業界の女王の没落!” 2015年3月号

中国最新情報 “中国飲食業界の女王の没落!” 2015年3月号

 

上海では日本及び諸外国で所謂「セレブリティ」と呼ばれる方々に遭遇する

機会が多々あります。中国はTV番組の司会者が日本で言うタレントに

該当しますが、これらのタレントやアナウンサー、モデルなどは街中で

しょっちゅう見かけます。ワイタンのレストランに行くと隣のテーブルが

「台湾の某有名男性歌手だった」などということは非常によくありますが、

これらの方々はまだまだ“軽量級”ともいえるセレブの方で、“重量級”になると

欧米の本物のセレブが意外なところをうろうろしています。

私が直に遭遇した例はいずれも同じホテルでの出来事ですが、

「ものすごく細身の女性がいると思ったらアンジェリーナ・ジョリー氏だった」、

「恐ろしくファッショナブルな男性が隣席でもそもそパスタを食べて

 いると思ったらラポ・エルカーン氏だった」、

そしてちょうど先週末

「ルーフトップバーにどこかで見た男性がいると思ったらベネディクト・

 カンバーバッジ氏だった」

等々です。いずれも常にパパラッチに付きまとわれる有名人ですが、

重厚感が売りのそのホテルでは彼らを囲んだり話しかけたりする人は

一人もおらず、一方の私は芸能関係に疎いので、俳優ご本人を目の前に

しても「あぁ、彼らも生身の人間だったんだ」とぼんやりした感想しか

浮かばないといった情けなさでした。

さて、このクラスの有名人に遭遇する機会はさすがに珍しいのですが、

世間で話題の企業家や富豪の子女などはそれこそそこら中で見掛けます。

今回はとあるニュースをきっかけに数年前に著名企業家のご子息を

某ブランド店で見かけたケースを突如思い出しました。

というわけで今回はいつもと趣向を変えて、

飲食業界の最新ニュースをお届けします。

前半しばらく本題とは無関係な話が続きますが最後まで

お読みいただければ幸いです。

 

  • 中国飲食業界 かつての新星・俏江南(チャオジャンナン)とは?

 

今を遡ること4年前、2011年のことです。南京西路には今年の3月から

移転のため閉鎖されている「トム・フォード」の路面店があり、当時は

ローンチ後まだ間もなく、アジア圏最大の店舗であったことから様々な

人が訪れておりました。その日、私は店のソファーでお茶を飲みながら

店員とだらだら話をしていたのですが、突如、入り口から上海では珍しい

強烈な北京訛りの中国語が聞こえると同時に痩せ型の若い男性がお店に

現れました。スーツからバッグ、靴に至るまでトム・フォードの最新の

コレクションを身に着けたその男性、どこかで見覚えがあるものの、

芸能人ではないその人の名前が思い出せずもやもやしつつも、驚くほど

横柄な振る舞いや店の前に停めて(当然、違法)あるカエル色(黄緑)の

ポルシェから彼が中国語で裕福なニュー・リッチ層の親のお金を湯水の

如く使う子女を指す「富二代」であることは容易に察しがつきました。

ちょっと古いですがパリス・ヒルトン氏などをご想像いただければ

その生態が大体お分かりいただけるかと思います。正直なところ、

バブルの上海では富二代はそれこそ星の数ほど存在するのですが、

何故その日の出来事だけよく覚えているかというと、彼が売り物のトロリー

バッグを指さし「那个拉杆箱是几位数啊?」と商品をよく見もせずに

聞いたからです。日本語に訳すと「あのバッグ、(値段は)何ケタ?」です。

富豪は金額をケタ数で認識する。世界は広いと実感した瞬間でした。

結局お気に召さなかったのか何も買わず彼は店を去りましたが、店員は

複雑な面持ちで

「すごくいい皮を使っているのでせめて値段だけじゃなく商品も見て

欲しいんですが・・・」

とこぼしていました。ますます一体誰なのか気になったところで

試着室から顔だけ出し一部始終を見ていた夫が一言

「あれ、俏江南の汪小菲(ワンシャオフェイ)じゃないか?」。

 

四川料理を現代風にアレンジし、かつて中国全土に高級店舗チェーン

展開していた企業、それが「俏江南(チャオジャンナン)」です。

とにかく急激に店舗数を増やし一躍飲食業界のスターとなっただけでも

話題性は十分なのですが、俏江南グループの目玉といえばなんと言っても

桁外れな高級レストラン、北京と上海の「LANクラブ(蘭)」でしょう。

北京の本店はかのデザイン界の寵児フィリップ・スタルクを1,200万元

(≒2.3億円)で招聘し、さらに日本円にして数十億円の費用を投じて

オリエンタルな高級複合レストランを建設。一つ数十万円もするバカラの

クリスタルのシャンデリアを惜しげもなく天井から大量に吊るし、すでに

飲食店の枠を超えているコストから「美術館でも作る気か!」と当時

ずいぶん報道されましたが、いざ出来上がったレストランが美術館以上の

豪華さで更に話題を呼びました。

また上海ではワイタン地区の重要文化財指定の洋館を一棟丸ごと占拠し、

クラブ、中華、フレンチの3つの飲食店を展開。

こちらは北京にくらべ簡素なもの地価は北京の比ではなく、内装も

フレンチレストランには壁一面にびっしりと蝶の標本が飾られ、

食器にはあの「Forna Setti」を使用。内装やサービス、料理の質を考えると

日本円で1万数千円というフレンチのコースは信じられないほど

リーズナブルであり、自他共に認めるForna Settiマニアの私は財布の

激痛と戦いながら足しげく通い詰めておりました。

そんな破天荒な経営スタイルが注目を集める俏江南ですが、本当の

話題の中心はそのファウンダーである女性企業家、張蘭氏です。

北京の飲食店からそのキャリアをスタートし、カナダで必死に皿洗いの

アルバイトをして溜めたわずか2万ドルを元手にのし上がった彼女の華麗な

サクセス・ストーリーは下記中国語の紹介ページに詳細をゆずります。

http://baike.baidu.com/link?url=ofT_7tqcNS2OnnvPZjnNfCk69qhVdVnuaNLDCXgZ1wV_o4pfK_JByL2oqEhTNfvSoUxvBbXAMqr3VrkoyCXECYkHbRCFpNms-uqpLMzIE5W

 

前述の汪小菲氏は張蘭氏の一人息子です

(中国は夫婦別姓のため名字が異なります)。

日本よりずっと女性が社会に進出している中国では「女性取締役」

「女性銀行支店長」「女性企業家」などは全く珍しくありませんが、

無一文からこれだけの規模まで事業を育てかつ

「息子も一人で育てたシングルマザー」

という話題性を有する方は大変まれで、全盛期は経済番組からニュースに

まで、張蘭氏はまさにひっぱりだこでした。そんな張氏の快進撃に陰りが

見え始めたのは折りしも私がお店で息子の氏を見かけた2011年。

氏は当時台湾の有名女優との結婚が決まり芸能レポーターから

追いかけられておりましたが、同時期に母である張氏は

「投資元のベンチャー・キャピタル(以下、VCと記載)とモメている」

「香港での株式上場の計画が滞っている」

と連日テレビで取り上げられておりました。上海のLANクラブに突然、

ステーキを焦がすようなミスが目立ち始め、ふらりと立ち寄ると私の

テーブル以外誰もおらず貸切だったり、かと思うと“团购=割引クーポン

共同購入”の安価なメニューを突如宣伝し始めたり、と様子がおかしく

なってきたのもその頃です。その後、いつの間にかお店はクローズされ、

飲食店の移り変わりの激しい上海で私がLANクラブを思い出すことも

ほぼなくなっていましたが、先月衝撃的なニュースが耳に飛び込んできました。

一体どんなニュースだったのでしょうか。

 

  • Beauty No More, 俏江南と張蘭氏への資産凍結命令

 

昨月、不吉なウワサの続いていた俏江南についての衝撃的な報道が

発表されました。

 

2015年3月6日、CVCキャピタル(以下、CVCと記載)は香港の法廷より

張蘭氏及び他2名の被告、即ちCVC CapitalGrand Lan Holdings Group (BVI)

Limited及びSouth Beauty Development Limited(=俏江南发展有限公司)の

個人資産凍結の通知を受け取ったとファイナンシャルタイムズ紙が報じた。

(2015年3月25日 ForbesのWebサイトより)

http://www.forbes.com/sites/ywang/2015/03/25/beauty-no-more-assets-of-chinese-restaurateur-frozen-over-dispute-with-cvc/

 

つい3年前、ファウンダー張氏自ら「毎年100店舗を新規にオープン」

「俏江南を飲食業界のルイ・ヴィトンにする」「俏江南を世界500強企業に」

と壮大な計画を掲げていたにも関わらずこの急展開にはいったいどのような

背景があったのか、まずは経緯を時間軸で追ってみます。

 

2008年 店舗網拡張計画の時期に金融危機(リーマン・ショック)が発生。

2011年 中国国内(A株)への上場を試みるも失敗。

2012年 年末より中央政府の反・腐敗運動が始まる。中央の“八つの規定”

    “六つの禁令”の衝撃を受け、飲食業は未曾有の危機に追い込まれ、

    20年以来の不景気を迎える。

    また、この時期香港での上場にチャレンジするも再び失敗。

    偶然張氏が上場のため中国国籍を放棄し移民していたことが明らかに

    なり、国内から一斉に批判を浴びる。

2013年 俏江南の資金が切迫し、毎年オープンする新店舗はたった10軒に

    とどまる。同年、全国で13店舗を閉店。

2014年 CVCが俏江南の株式の83%(69%説もあり)を取得、

    ファウンダーの張氏は大株主の地位を失う。

    同年、さらに8店舗を閉店。

2015年 資産凍結命令。

http://bond.hexun.com/2015-03-22/174285521.html?from=rss

(2015年3月22日 和訊網の記事を元に時系列を整理)

 

上述の記事の一節に“张兰总在关键节点摔跤”(張氏は肝心なポイントで毎回

コケる)とあるように、全ての行動が社会情勢の動きに対し裏目に出ている

印象が否めません。そもそも2011年の段階で張氏は投資者との関係をだいぶ

こじらせており、長くなるので詳細は記しませんがリターンを約束する

契約書にサインをしておきながら「言った・言わない」の争いを

メディア上で繰り広げ、挙句「VC(ベンチャー)の投資を受けたことは

失敗だった!」と発言し、顰蹙を買っていたのを私も明確に記憶しています。

また、この件に留まらず張氏はその派手で強気な発言から業界内でも

反感を持つ同業者が多く、それに加え息子の汪氏が各地で散財し

遊びまわっている様子が批判的に捉えられていたという背景があります。

2011年の上場失敗も以前からあった悪評の影響と無縁ではないでしょう。

そんな中、まさに晴天の霹靂ともいえる「反腐敗運動」の勃発。

こちらについては本ニュースレターでもたびたび取り上げておりました

ので詳細の説明は省略しますが、まさに誰も予想しえなかった業界への

大打撃といえます。摘発を恐れて公務員は一斉に会所(フイスオ=クラブ)

に出入りしなくなり、その筆頭格であったLANクラブは2012年に

資金繰りの改善のため売却されました。

CVCが新たに大株主となった旨正式にリリースしたのは2014年ですが、

実はこの合意は2012年の反腐敗運動の開始前になされたものであり、

商務部の承認という非常に時間がかかる手続きを踏んでいる間に景気が

一転してしまうという不幸が重なった事例ともいえます。

 

香港の裁判官Andrew Chung氏はこの論争の原因については明かさな

かったが、「巨額の資金がCVCから支払われているが、

これら資金・・・資金ももちろんそうだが、流動性の高い資産(Liquid form

of asset)が現在どこにあるのか未だ明かされていない。」とコメントした。

http://www.ftchinese.com/story/001061159/ce

(2015年3月20日 中国版ファイナンシャル・タイムズ)

 

流動資産がどこへ消えているのか真相はナゾですが、2015年の現在は汚職後

海外へ逃げた政府の高官すら連れ戻され投獄されるご時世です。

国籍変更程度で安全は保障されません。

結果的には「市場の傾向を読み誤った」、あるいは「反・腐敗運動の犠牲者」

とも取ることができるケースではあるのですが、全盛期の汪氏のリアルな

散財ぶりを目の当たりにした個人的経験からか、どうしても頭に浮かぶのは

「驕れる者は久しからず」の一節です。また、張氏がもう少し各方面に

対して当たりの柔らかい人であれば、早期撤退や事業再建の可能性も

ゼロではなかったのではないかと思うと、中国のビジネスの核となる

「コネクション」の重要さを再認識させられます。

実際はコネクションがあってもどうにもならない件も存在し、まさに

その大騒動で閉鎖に追い込まれたレストランが上海の巷をにぎわせて

いますが、そちらの詳細についてはデリケートな内容のため

弊社ニュースレターの“ノーカット版”のみでお伝えすることとし、

『人にやさしく』『笑顔・挨拶』と念仏のように心のうちで唱えながら

今回の結びとさせていただきます。

 

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