バックナンバー 中国最新情報 “政府腐敗粛清運動“反腐”の思わぬ波及!” 2014年9月号

中国最新情報 “政府腐敗粛清運動“反腐”の思わぬ波及!” 2014年9月号

 

中国で政府職員の収賄や法外な贅沢を取り締まる腐敗粛清運動すなわち

『反腐』が実施されはじめて既にかなりの時間が経ちましたが、この運動は

一過性のものではなく、随時追加の通知が更新され、範囲も拡大されています。

飲食店が打撃を受けたり、高級ブランドの売り上げが急激に落ち込んだり

といった現状は過去にも何度かお伝えしてきましたが、最近では思わぬところ

にもその矛先が向けられるようになり、中秋節の風物詩であった“月餅”が

その対象にされたことによる波及効果から社会の混乱を招く結果となりました。

今回はこの問題の背景とそれを取り巻く周囲の反応をご紹介します。

 

  • 中秋節伝統のお菓子“月餅”の取り締まり

 

今年8月、中国反腐部門は公費を使用しての月餅の贈答を禁止し、そればかり

でなく一般市民が月餅に関する腐敗行為を通報できるよう、インターネット

上に専門のプラットフォームを設けると宣告した。

http://news.sina.com.cn/c/2014-09-08/102030809350.shtml

(2014年9月8日 新浪新聞)

 

実は月餅の取り締まりは今に始まったことではなく、昨年すでに同様の

通知が出されてはいたのですが、WEBから一般市民に通報を呼びかける

という中央の徹底した取り締まりに今年は各地の政府があわてて同様の

通知を連発。また実際に通報を受けての摘発が相次いだことから高額月餅と

その大量購入行為が市場から一掃されました。日本人や外国人の感覚から

すると何故月餅のような菓子折が粛清の対象となるのか全く見当が付かない

と思いますが、月餅の使われ方については長々と説明するより、

時代劇の定番“黄金最中と悪代官”をイメージしていただくのが一番です。

料亭の一室で菓子折を差し出す御用商人、蓋を開けると中身は最中。

甘味が苦手な悪代官が不満をこぼすと

『最中は最中でも黄金の最中でございます』

最中の下にはまばゆいばかりの小判がぎっしり・・・・・・というアレです。

もちろん、この後にはお約束の

「○○屋、お主も悪よのぅ」『いえいえ、お代官様こそ』

「ふっふっふ」『ふぉっふぉっふぉ』

が続きます。ドラマの途中で席を立っても安心、結末が見え切った

様式美の世界です。さて、中国のかつての高級月餅は黄金最中と全く同じ

位置付けでした。好景気に沸いた当時は月餅を送る事本来の意義よりも

「いくらのものを送ったか」が重要視されておりましたので、老舗の伝統の

味よりとにかく高価なものが人気でした。絹張りの木箱などパッケージで

金額を上乗せするのはもちろんのこと、月餅の餡にトリュフやフォアグラ、

冬虫夏草やフカヒレなど不必要な高級食材を乱用したもの(例外なく不味い)

などは月餅の原型をとどめているという点でまだマシといえます。

ひどい場合は高級輸入食材の詰め合わせに申し訳程度に月餅がまぎれていたり、

無料の海外旅行チケットやブランド物が贈呈されたり、中には本当に月餅の

箱に現金を詰めたりと完全にイベントにかこつけた汚職の温床と化していました。

日本の時代劇の悪徳商人の悪だくみはせいぜい一部商品の独占販売権程度ですが、

中国ではコネの歴史も動く金額もケタ違い、

「ふっふっふ」『ふぉっふぉっふぉ』

の繰り返しで街のインフラ導入まるごと一件数兆円規模の案件が決まる

可能性すらあり、そして何より中国全土の公務員の人数も圧倒的規模ですので、

月餅に目をつけた政府は賢明です。

しかしこれも見方を変えると効果的な取締りアイディアを出せる

ということは即ちそれまで散々貰っていた側であったことが容易に想像でき、

庶民の内心は複雑です。

ところが今年はその庶民の複雑な心境に更に追い討ちをかけるマイナス

作用が出現し、メディアは連日月餅のニュースで持ちきりとなりました。

一見効を奏したかに見える取り締まりのマイナス作用とは

一体何だったのでしょうか。

 

  • “反腐”の曲解問題

 

中国ではかつて毎年中秋節になると企業が福利厚生の一貫として社員全員に

月餅を一箱ずつ配布するのが慣習になっていました。日系企業の場合は会社が

自社で用意することは稀ですが、フェスコ等の第三者を経由して雇用して

いる場合はそのサービス費用の中に月餅が福利として含まれていることが

ほとんどです。月餅は節句に欠かせないものでありながら冒頭の日記に

記した通り、わざわざ自分で買おうと思うほどの美味ではないため、

毎年会社からもらう月餅をそのまま中秋節の親類の集まりで食べるのが

習慣となっていた社員は全国でも結構な数に上ります。

ところが今年、「反腐」の一貫として唐突に国営企業の月餅の福利が

廃止されました。そればかりか経費削減のためこれに便乗する一般企業も

続出し、これが大問題に発展、ネットやTVでの緊急アンケートが連日報道

されました。

 

国内のとあるWEBサイトの調査によると、2014年は多くの雇用者が

被雇用者への中秋節の福利厚生案を調整し、現金やプリペイドカードの支給が

減少したばかりか多くの企業が月餅の配布を取りやめたことが判明した。

(中略)調査によると今年の会社の中秋節福利厚生に満足している社員は

20%に満たず、『どのくらいもらえるかは別問題として、たとえただの

月餅であってもそれを受け取ることで会社の自分達に対する関心を感じられ、

大家族の一員であると実感することができた。しかし今年は何もない。

本当にがっかりした』と答えた。

http://news.ifeng.com/a/20140909/41904049_0.shtml

(2014年9月9日 鳳凰資詢)

 

f:id:jpbd:20150630173611j:plain

 

「中秋節の企業による社員への月餅の配布中止についての感想」

※グラフは上述の記事を元に弊社にて作成

 

ここで少し補足しますと、中国における “「ホワイトカラー層」が勤務する

正常に運営されている大都市の企業“或いは“外資、国営、国内大手などの

勤務体制の整った製造業”に限定して話をすれば、中国の雇用者への福利厚生は

日本人の目から見て羨ましいほど好待遇といえます。何から何まで保険で

カバーするため雇用者は多大なコストを払い「四金」「五金」と呼ばれる

医療保険や養老保険を被雇用者に提供しなければならず、規模の大きな

会社であればあるほどたとえそれが一箱100元前後の月餅であっても人件費を

少しでも削減したいという気持ちは経営の観点からは分からなくもありません。

しかし、昨今の経済発展で資本主義国以上に資本主義化している傾向はある

ものの、中国は(一応)「社会主義」国家であり、ほんの数十年前までは

食料も現物支給されていたことを忘れてはなりません。米、野菜、肉や魚に

限らず旧正月には「年貨」と呼ばれるお正月のごちそうを作る材料

(主に乾物や肉など)が支給され、中秋節にはもちろん月餅が配られました。

これらの伝統に触れていないのは“解放後”に就業した若い世代だけであり、

これがおそらく前述のアンケートで「どちらでもよい」と答えた40%の大半です。

「受け入れられない」と答えた50%であろう現在も現役の50代前後の世代に

とって月餅は労働者の当然の権利であり、親の代から今まであったものが

突然なくなるのは理不尽だという過去の経緯に基づく反論がまず前提として

存在します。そしてもう一つ、今回の問題の核心となるのは、

本来イベントに便乗してグレーな収入を得る収賄行為を取り締まる

ための運動が、ごく普通の公務員のささやかな福利厚生を奪ったばかりか、

公費とは無関係の一般労働者の福利厚生にも影響してしまったことです。

取り締まるべきは政府機関への贈答であり自社社員への支給品ではありません。

これでは経営者側の一方的な権利の剥奪とみなされても仕方なく、この問題が

『反腐の曲解』と称されている所以です。

市場規模を考えれば確かに今回の通知は大変効果があり、検挙に戦々恐々する

各地方政府の中秋節の収賄行為はおそらくほぼなくなったものと思われますが、

月餅の問題が勃発したことにより

『反腐運動を裾野まで広げすぎた場合のマイナス影響』

『通知が都合よく曲解される可能性』『伝統行事が消滅する可能性』、

そして国内外のメディアが今回一斉に報道した報道する最大の懸念である

『過度な締め付けにより中国経済全体が減速する可能性』という関連問題が

一挙に表面化することとなりました。

年に一度の書入れ時を奪われた月餅メーカーの損失が埋まる見込みはありません。

唯一の可能性は数年後に控えた『政府メンバー総入れ替え』で方針が転換され、

粛清ムードが緩和されるチャンスを待つしかありません。

 

中国の公的文章は政府の通知に限らず何でもそうなのですが、

「○○の精神」など非常に曖昧な政治用語を使い、抽象化された理想を堅い

言葉で書き連ねるのが常となっており、日本語は言わずもがなどうやっても

外国語には絶対に訳せない表現が多々あります。これはピカソやキリコの

抽象画からモデルの実際の顔のデッサンを再構築しろといわれるようなもので、

関連の文献をいくつか参照しないと中国の通知も一体具体的に何を示して

いるのかわからないことがしばしばです。今回ももう少し具体的な

“Dos and Don’ts”を示しておけばこのような曲解や通知に

便乗した企業による混乱は避けられたのではないでしょうか。

間もなく過去、月餅と共に賄賂の温床となっていた『上海蟹』贈答の

シーズンを迎える本場・上海の一市民として、この教訓を踏まえた政府が

どのように動くか今後も注目していきたいと思います。と、いうわけで来月は

いずれかのコーナーで『上海蟹』を特集いたしますので、皆様蒸籠(せいろ)と

酢、生姜をご用意の上お待ち下さい。 

 

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