バックナンバー 中国最新情報“おいでませ!杭州の観光客囲い込み戦略!” 2014年6月号

中国最新情報 “おいでませ!杭州の観光客囲い込み戦略!” 2014年6月号

 

世界各国、地域を問わず、誰でも自分の地元には思い入れがあると思います。

中国はもともと地域ごとの特色がはっきり分かれており、現代でも省や街が

違えばもはや外国の趣ですので、それぞれの故郷への愛着もひとしおです。

上海に長く住んでおり、公私ともに上海人の上海への愛着は目にしてきましたが、

彼らが口をそろえて「地元と同じくらい好き」「住んでもいい」と称えるのが

杭州です。3-4年前は本当に不動産を買って移住してしまう人が増えて話題に

なりました。近隣の都市や郊外に移住する人は主に安い物価を求めての引越し

ですが、杭州へ移住したり別荘を購入したりするのは富裕層が多いのも顕著な

特徴で、歴史ある古都には珍しい濃厚なお金の匂いを常々不思議に思って

おりました。杭州を訪れて一番衝撃的であったのは、市の規模とその豊かさです。

蘇州はじめ工業都市は市の中心部こそ開けているものの、いまだにどうしても

『地方都市』の感がぬぐえませんが、浙江省はもともと温州を筆頭に企業家や

富裕層が密集している省であり最大の都市杭州にも自然とお金が集まります。

蓮の葉の上では水滴がころころと揺れており、光を反射する様子は宝石のような

美しさですが、そこから100メートルほども離れていないブランドモールの

グラフのショップではロンドンの本店から運ばれたのであろう数千万円の本物の

ダイヤがきらきら光っています。普通の観光地では考えられない品揃えですが

置いてある以上はどこかにこれらを買う人がいるということです。

 

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(写真:湖畔のブランドモール。左手数十m先には柵のない西湖が

    広がっており、うっかりよそ見しているとそのままダイブしかねない

    近さです)

 

アリババを始め本部を杭州に置く大企業もあり、上海へも特急列車で1時間という

アクセスのよさ、金融や生活インフラの整った「商業都市」として完成しています。

街中のお店も世界系列のチェーン店や国際的ブランドなどが一通り入っており、

その他の観光都市・工業都市に比べ圧倒的に洗練されている印象ですが、

そんな杭州の貴重な収入源となっているのが観光です。

今回の特集では、杭州の旅行業について考えてみたいと思います。

 

  • 世界遺産で呼び込め!“一般旅行客”の誘致

 

杭州は近代にようやく開けた新興都市上海にはない最終兵器を有しています。

歴史・世界遺産・自然景観を売りにした「旅行産業」です。

 

2013年、杭州には9,700万人/回を上回る旅行客が訪れ、1,600億元以上の旅行

収入を実現した。旅行レジャー産業の増加値は同年のGDPの6.45%を占め、

旅行業の税収は68億元、地方財政の8%に上る。

http://www.chinanews.com/df/2014/06-20/6304871.shtml

(2014年6月20日 中国新聞網 )

 

あまりにもゼロが多くて計算に自信がありませんが、桁を間違っていなければ

1,600億元≒2.6兆円、「日本国内の某市場全体規模」でも業界によっては

この金額になりますので、一都市の旅行収入としてはとんでもない金額です。

杭州は国家より正式に「中国ベスト旅行都市」に指定されており、西湖は

世界遺産認定を受けています。そして折よく今回ちょうど私の滞在中に

もう一つ、杭州の新たな世界遺産が誕生しました。

 

6月22日、第38回世界遺産大会において“中国大運河”とシルクロードが

申請に成功した。

http://www.moc.gov.cn/st2010/zhejiang/zj_tupianbd/201406/t20140625_1639046.html

(2014年6月25日 浙江省交通運輸厅WEBサイト)

 

大運河とは「杭京大運河」を指し、杭州を基点に北京までのびる歴史ある運河です。

世界遺産認定が一体どれほどの経済効果をもたらすかは、登録数世界一のイタリア

(中国は第二)に旅行業がもたらす観光収入などから概ねお察しいただけます。

ところで、世界遺産目当てで滞在するのは中国国内の遠方、あるいは海外からの

観光客がメインとなりますが、杭州は一般的な観光地と異なり、近距離から何度も

訪れるリピーター客が多いことで知られています。閑静な湖畔というとどうしても

年配の旅行者をイメージしますが、興味深いのは若年層、20代~30代の若い層の

支持が厚いことです。一体何故なのでしょうか。

 

2、ストレスに疲弊した現代人を呼び込め!“近隣客”の誘致

 

杭州のホテルでテレビを見ておりましたら、朝のニュースに

ブルームバーグ創設者マイク・ブルームバーグ氏とゴールドマン・サックスの

チェアマン&CEOであるロイド・ブランクフェイン氏という超豪華ゲストによる

対談が放送されており、思わずメモを取りつつ聞き入ってしまいました。

ゲスト二人の意見が中国のトレンドと完全に逆行する内容であったからです。

テーマは“Advice for recent graduates entering the workforce” 、

『これから社会に出る新卒へのアドバイス』です。

少し長くなりますが、ゲストの回答をかいつまんでご紹介しましょう。

 

司会者: 

お二人とも“アドレナリン・ジャンキー”かと思いますが、 

そのモチベーションは一体どこから来るのか教えてください。

 

ブルームバーグ氏: 

自分が好きなことというのは、続ければ続けるほど上手くできるようになり、

その結果ますますそれが好きになります。これから働く若い子に私が

何かアドバイスをできるとすれば『一生懸命働きなさい』ということです。

私は今でも毎朝誰よりも早く出社し、誰よりも遅く退社していますよ。

 

ブランクフェイン氏:

仕事が上手く行っているときはこれ以上楽しいことはなく、辞めようなどという

考えは浮かびません。また、上手く行かないときは私の“責任感”という一面が

表れるので、やっぱり辞めようとは思いませんね。仕事が好きですし、色々な

発見もあります。すばらしい人々に出会うことで影響を受けますし、調子が悪い

時も“義務感”が発動しますからね。

 

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(2014年6月22日 中国時間8:00放送のブルームバーグニュース対談より

 左側がBLANKFEIN氏、中央がBLOOMBERG氏)

※発言は番組のメモを元に日本語に訳したものです。

 

その他にも結構長い時間に渡り対談が続けられていましたが、要約すると

メッセージは『とにかくがむしゃらに働け!そうすれば報われる!』です。

精神年齢は一桁でも実年齢が30代の私は“Kids”でも新卒でもないのですが、

 “ジェネレーションY”の一員としてこの意見には一部疑問が残ります。

彼らの回答は仕事の内容も経済的にも順風満帆な人であり、大きな成功を

収めた文字通り“アドレナリン・ジャンキー”の模範回答です。過労気味とはいえ

華々しいキャリアと破格の待遇が前提にあることを考慮しなければなりません。

懸命に働くのは自分が興した会社であるからかもしれませんし、大企業の

トップに上り詰めれば“責任感・義務感”と無縁ではいられません。

応募してくる新卒もハングリー精神溢れる世界の精鋭であり、全ての新卒や

会社員がこの意見に賛同するとは限らないでしょう。世の中はもっと多様です。

現に中国ではここ数年、慢生活=スローライフ、ロハスといった過度な消費や

競争社会と逆行する思想が盛り上がりを見せています。

急激な発展に伴い高騰する物価や伝統である「結婚にはマイホーム必須」という

巨大な経済的プレッシャーを抱えている上、ただでさえ世界でもトップクラスの

壮絶な受験戦争を経て一人っ子として一族の期待を一身に背負った20~30代が

精神を病む例も多発しており、特に公務員や会社員のうつ病が問題になっています。

その結果「いい学校を出て、うんと働いて、うんと稼いで豊かになろう!」

というチャイナ・ドリーム志向が引き続き一部の若者に支持される一方で

「自分の好きなことをしてのんびり暮らそう」という新たな一派も増加して

います。但し、既に社会に出ている会社員は家族の反対もあり脱サラや

転職は容易ではなく、たいていはなんとか自分の中で折り合いをつけ、

ストレス解消の道を模索しています。

そんな中注目されているのが交通の便がよく、緑に囲まれた近場への小旅行

であり、杭州はその目的地としてまさにうってつけです。

私の周囲にも毎週のように杭州へ出かける上海人が多く存在しますが、

ブランドの買い物も海外旅行も一通りやりつくした人々は、湖を眺めつつ

のんびりとお茶を啜り、山中のお寺で森林浴をし、おいしい杭州料理を食べ、

つかの間の「何もしない贅沢」でエネルギーをチャージしています。

杭州であればふと、突然イタリアンが食べたくなったり、コーヒーが飲みたく

なったり、都市の生活が恋しくなってもたくさんの選択肢がある点も魅力です。

故宮ならともかく、シルクロードや黄山ではさすがにこうはいかないでしょう。

完全な休暇を求めて地球の裏側まで旅をしたのでは帰ってくるのも一苦労ですが

杭州なら万一会社で何かあっても、半日以内で上海の自宅に戻れます。

安定した職業に就いているこれらホワイトカラーの旅行者は、節約を目的とした

学生の旅行とは違い、あちこちでお金を落とします。経済効果は計り知れません。

新たな旅行のトレンドにもぴったりあてはまり、観光地としては向かうところ

敵ナシの杭州ですが、ここで追撃を緩めることなく、すでに次の手を打っています。

より多くの経済効果を望める旅行客をもっと効率的に呼び込む方法があるからです。

 

3、大型団体客を呼び込め!“国際会議”の誘致

 

6月19日~20日、中国会議大会(CMIC)2014年夏季サミットが杭州黄龍飯店で

開催された。(中略)前期の予約状況統計によると、今回杭州は80の会議

プロジェクト、ビジネス会議客6万人/回を誘致、総収入は1.8億元に達する

見込みがある。(中略)国際大会及び会議協会(ICCA)発布の最新“世界2013年

都市会議産業発展都市ランキング”報告によると、2013年杭州は国際会議を17回

開催しており、2009年に引き続き、北京、上海の後を追い南京と共に第三位に

ランクインした。

http://biz.zjol.com.cn/system/2014/06/21/020095918.shtml

(2014年6月21日 浙商網)

 

現在、中国で開催される国際会議は毎年8%-10%の割合で増加しています。

中国に入国する観光客のうち、ビジネス会議への参加客は39.9%にも達する

そうです。アジアの本部を中国にローンチするグローバル企業も増えているほか、

展示会に合わせて開催されるサミットや学会なども中国で増加しています。

私が宿泊したホテルでも、週末にも関わらずスーツを着込んだ欧米人団体が

次々にロビーに到着し、レストランは満席で列が出来るほどの盛況ぶりでした。

これら「ビジネス客」は観光地にとってまたとない収入源です。

会社の経費で精算する彼らの消費は、自費のツアー客より単価が高いだけでなく、

会議の場所代や記念品など数々の消費の連鎖を生むからです。

 

一般観光客の平均消費が経済にもたらす作用を1:5とすると、会議旅客が経済に

もたらす作用は1:8、1:10にも及ぶ。即ち、会議旅客の会議への1元の投入は

最大10元の食事・宿泊・観光などのその他消費をもたらす計算となる。

(2014年6月21日 上述の同記事より)

 

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4日間の杭州における、一人当たりの会議の消費例

※図は記事を元に弊社にて作成

 

上記の例から見ると、観光客の4-5倍の消費を生んでいる計算になり、

これらの団体を世界各国から大量に誘致できれば都市全体の増収が約束されます。

北京や上海など、中国を代表する大都市にはさらに多くの宿泊施設や飲食店が

ずらりと揃ってはいますが、「世界遺産の真ん中で会議と食事」「澄んだ空気」

「街中から車ですぐの位置に広がる自然」という地の利は杭州ならでは、

会議のついでに観光したい、できれば「中国的」なものを見たいと望む

外国人客は間違いなくビルばかり立ち並ぶ上海や大気汚染が深刻な北京より

杭州を選ぶでしょう。杭州の目下の問題はアクセスのよいところに大型の

国際空港がないことですが、それを補ってなお余りある見所が盛りだくさんです。

旅行によし、会議によし、何もしないでぼんやりもよし。

人気が出すぎて開発過多となり、せっかくの特徴が失われないかだけが

私の杭州に対する今後の唯一の懸念です。

 

※特集記事の内容はあくまでも筆者個人の私見であり、

 弊社の社としての見解を示すものではございません。

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